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 「日本で何らかの製品やサービスの導入を検討している人がまず聞くのは『実績があるかどうか』。実績がないと相手にしてもらえない。しかし、世の中の新しい物事はすべて、名前も形もないところから始まる。DX(デジタルトランスフォーメーション)もまさにそう。DXの取り組みは日本でまだ始まったばかりだし、そもそもDXは事業の変革や創出を通じて新たな価値を創造すること。まだ形がない目標に実績などありえないのでは」

 Dream pictureの金哲代表と話をしていた際、こんなことを言われた。金氏は中国の吉林出身で1993年に大学を卒業後、中国広東省の日系企業に入り、生産ラインの機械電気設備の整備を担当した。その後、システム設計やプログラミングを学び、資格を取って2006年に来日。中国でのオフショア開発に参加した。2013年には日本の金融機関のシステム統合の中国側オフショアマネジャーを担当するなど、日本の銀行や保険会社の次世代システム構築に携わってきた。

 2019年からDream pictureの代表として、プロジェクトマネジメントの支援などを手掛けている。日本企業の実態を熟知している一方、日本人とは違う視点を持っており、話をしていると色々刺激を受ける。とはいえ、日本の問題を指摘されるばかりでは聞いていて辛いので「どうしたらよいか」と尋ねてみた。

西洋の後追いでは付加価値が低いまま

谷島 DXの実績を問うてどうする、という指摘はもっともですね。

 まずは勉強しようと、数々のDX関連オンラインセミナーにこのところ参加しています。登壇者のほぼ全員がDXを研究する学者であり、実例を発表する企業人であり、コンサルタントであることに驚いています。これほど多くの“DX専門家”がいつから日本にいたのでしょう。これほどの実績が本当にあるとすると、いわゆる失われた30年は何だったのかと。

谷島 トランスフォーメーションできないから停滞したわけですからね。

 セミナーの発表自体はどれもよい内容でした。ただし、そこで紹介された実績のほとんどは、私の見るところIT化の実績です。それをDXと呼んでいる。実績主義の日本ではやむを得ないことかもしれませんが、IT化の話ばかりで事業変革や新規事業の創出に関してはほとんど触れられていません。過去30年間、実績主義の日本が語っていた「実績」とは何だったのでしょうか。

谷島 なぜそうなったと考えていますか。

 西洋から受け入れたものを切磋琢磨(せっさたくま)し、品質が優れた製品を作り出しても、長持ちはしない。第二次産業革命の頃なら40~50年優位性を持てたかもしれないですが、インターネットとデジタルの時代は技術の更新が早く、すぐ息切れしてしまいます。後追いでは付加価値がなかなか高まらず、どんなに頑張っても西洋のようにはならない。永遠に働き者として、頑張り屋として生きて行かなければならない。これは日本だけではなく、中国や韓国も含めた東洋勢全般に言えることですが。

谷島 働き者を否定する必要はないでしょうが、日本企業の利益率が低いのは事実ですね。

 30年前、深センで日系企業の工場で働いていた時、導入中のERP(統合基幹業務システム)パッケージの価格を聞いて仰天したことを鮮明に覚えています。ERPを批判するつもりはありませんが、要するにコードの塊ですよね。それに天文学的な価格が付いていて、しかも日本企業が続々と買っている。付加価値とは何かを真剣に考えないといけないとあの時思いました。

真の変革人材を育てる方法

谷島 打開策はありますか。

 1人でも2人でも真の変革人材を育てることでしょう。あえてDX人材とは言いません。何かを変えようとする意欲がある社員を選定して、まず、外部でITを学べるところに行かせて半年間とか1年とか勉強させる。その後、米国のシリコンバレーにある企業と提携し、そこへ社員を出向させ、1年か2年働いてから帰国させる。

谷島 狙いはよく分かります。が、半年間のIT教育で挫折する人が出るのでは。仮にITをしっかり学び、米国で働けたら、もう元の日本企業に戻らない気がします。

 適性というものはあるでしょうが、若い人ならIT教育についていけるでしょう。いや、相応の年齢でも本気で取り組めばやれると思います。

 日本の経済に貢献したいという使命感を持つ優秀な社員を選び、提携先と業務契約を結んで行かせれば、戻ってこない危険を多少減らせるのでは。選ばれて学ぶことができた人は、仮に別の仕事先に移ったとしても、古巣に何らかの貢献はしてほしいところです。

谷島 ITとかシリコンバレーとか持ち出すと、かえって嫌がる日本企業が多い気もします。

 DXの話の流れだったのでその案になりましたが、トランスフォーメーションを進めるということなら、日本国内でもやりようはあります。異業界連携です。異業種連携とほぼ同じですが、業界といったほうがそこに人や企業がいる感じがするので。

 しばしば指摘される通り、日本の産業界には相当な技術や販路の蓄積があり、それらを組み合わせることを想像すると、無尽蔵の宝の山が見えてくる気がします。ところが、多くの方は自社か自業界にずっと身を置いているので、宝の山を今まで見ることがなく、考える機会さえないのだから、宝が眠ったままになっていたのではないでしょうか。